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新編ギルガメッシュ叙事詩編 第1章 ビジリア 第7節 ウルクへの旅路(Day1)

ウルクへの旅路Day1

ウルクへの旅路(Day1)

契約が成立してからそう時間の経たぬうちに、神殿男娼『ムシャハト』から3人の男娼が選ばれた。
「任務は、」
と、リーダーのムシャハトが抱える精鋭の中からさらに選び抜かれた男娼の3人それぞれに、ムシャハトはすいと目くばせをしてから命を下した。
「杉森の近くに住む獣人エンキドゥという少女を篭絡すること。そして、ウルクの王のもとに連れてくること」
3人がうなずいたのを確認してから、ただし、と眉を眇めて続ける。
「今回の任務はギルガメッシュ王の勅命による極秘任務です。決して他言してはなりません。成功した暁には、先ほど伝えた報酬の倍を約束しましょう。…君たちの実力をもってすれば造作もないことだとは思いますが、存分に気を引き締め取り掛かかるように」
3人は声こそ出さなかったが王の勅命であること、そして多額の成功報酬が用意されているということに、先ほどのムシャハトと同じくごくりと生唾を飲んだ。
「かしこまりました、ムシャハト」
誰ともなく、しかし声をそろえて美しく頭を垂れる。
それを見届けたムシャハトが机にしゃりと置いた手付金であろう布袋には一旦触れず、3人はそのまま卓を囲んだ。さて、いかに取り掛かったものか。

◆Day1

翌日、ウルクからエンキドゥの住む原野にまず向かったのは、選ばれた3人のうち最も若く、水を弾くような白絹の肌と琥珀の瞳を持つ「ウトゥー」という男娼だった。まず第一陣としてウトゥーと従者を乗せて駆け出したロバ車には、準備された様々な荷が積まれていた。
12日ほどで、第一陣はエンキドゥの住む泉に到着した。事前に与えられた情報通り、獣を思わせるような装いはあったが、想像していたよりも小柄な姿にウトゥーは一旦低木の陰からその様子を監視した。エンキドゥは泉に膝まで入り、足を広げて腰を下げ、不格好な姿で何やら暴れているように見えた。どうやら籠で魚を捕えようとしているところのようだった。
ウトゥーが声をかけるタイミングを計っている間に、エンキドゥの方が、野生のカンだろうか、見慣れない来訪者に気づき、ばっとウトゥーの方を振り返った。
自然界では目にすることのない美しい金属糸を折り編んだような衣装は太陽の光を控えめに反射する。上品かつ知的な雰囲気の若い男。この世界にたどり着いてから、――厳密にはエンキドゥにとってはここで目覚めてから、獣と狩人としかかかわりのない生活だったのだから、見慣れない姿に十分に警戒をしたまま、ゆっくり泉のほとりに上がり、いつでも駆け出せるように腰を落としてから、誰だ、と小さく声をかけた。
男、ウトゥーもまた泉の対岸までゆっくりと歩んできた。従者たちは何も言われずとも木陰で待機していた。
「はじめまして。私はウルクから来たウトゥーと申します」
柔和に微笑むウトゥーに、エンキドゥは元来の性質なのだろうか、引きずられるように少し笑い返してしまった。
「あなたはここで何をされているのでしょうか?」
旧知のように話しかけてくる相手に、エンキドゥはすぐには返事ができなかった。初めて見る綺麗な衣装と整った若い男の顔立ちに、無意識に目が奪われていたのだ。
「こちらに来てお話しませんか?」
「・・・」
いくらか悩んでから、エンキドゥは岸沿いをゆっくりと歩み寄り、ウトゥーから少し離れたところでその足を止めた。
「お召し物がすっかり濡れてしまっていますね。こちらで乾かして差し上げましょう。どうぞお近くへ」
ウトゥーが優雅に手のひらを差し出せば、控えていた従者が手際よくすぐ傍に火を起こし、その周りに敷物と大きめのクッションをいくつか用意した。
エンキドゥは、もの珍しそうにそれを見て、ふらと敷物に近づいた。ウトゥーが「どうぞ」と手を差し出した。反射的に手を差し出そうとしたエンキドゥだったが、クシュ、と小さなクシャミが出てしまいその手は引っ込んだ。
が、その指先をそっと引き返して、ウトゥーはもう一度「お召し物を乾かしましょう」とにこりと笑った。ウトゥーにとってはエンキドゥの服は異国の装いではあったが、仕組みがそう大きく変わるわけではないことをちらりと確認し、エンキドゥの全身を柔らかい布で包んでから、するすると衣服を脱がせ始めた。
気が付けば、ほとんど裸同然に布だけがまかれているような状態になっていたが、なんらかの倫理観がすっとんでいるのであろう、エンキドゥはきょとんと立ちすくんだまま「寒いな…」と悠長に考えていた。

ウルクへの旅路Day1

エンキドゥの体が震えてしまうよりも早く、ウトゥーは白い美しい毛布をエンキドゥにさらにはおらせて、大きなクッションにぽすりと座らせた。胸元の広がったウトゥーの衣装がエンキドゥの眼の前でちらついたが、それもまたぽや…と眺めているエンキドゥの反応の薄さに、ウトゥーはさすがに違和感を覚えていたが、ここは名うての男娼である。めげることなく、水につかり冷えていたエンキドゥの指先をやわく握った。
その背後では、エンキドゥの衣服は従者によって速やかかつ鮮やかに洗濯され、泉の岩場を利用してテキパキと日干しされていた。
そして、どこからともなく(と、エンキドゥには見えたのだが)お茶とお菓子が用意されていた。

「あなたは神のように美しい。なぜ、このようなところで獣と戯れ、自らも獣であるかのような生活をされるのですか?…神々の住むウルクにおつれいたしましょう。」
「このお菓子はおいしいねぇ」
「・・・おや、おや。私のお誘いをごまかすのがお上手ですね」
「?」
とんちんかんな答えにウトゥーはまた自分のペースが崩されて、頭を抱えそうになった。うまくごまかされているのだろうか。あるいは、この獣人の少女は16歳くらいに見えていたが…実際はもっと幼いか…幼く見えるくらいに…知識が、足りていないのか。
図りかねつつ、しかしこれはなんとしても成功させたい任務であることを改めて思い返し、ウトゥーは出来る限り甘い表情を崩さずに言葉を連ねた。
「どうでしょう?衣服が乾くまでに、ウルクの衣装を試してみませんか?お似合いになるかと思います」
「わかった!」
エンキドゥは基本的に素直であった。出会い頭に噛みつかれ命の危機にまで追い詰められたフワワと今やばっちり仲良くなってしまっているという前科がある。
その日の出会いから数日、ウトゥーはロバ車に寝泊まりしながら、昼に夜にとエンキドゥと過ごし、ウルクの衣装やアクセサリーの纏い方、人前での挨拶など、ウルクという人里で生活していくにあたって必要なマナーを教えた。
エンキドゥの知識欲は強く、見よう見まねではあったが、乾いた土地が雨水を吸うように貪欲に学んでいった。

「ウトゥー、ウルクに行こう」
そうエンキドゥが答えるまで、そう日はかからなかった。礼儀作法などを教えていくうちにウルクに興味を持ったのだ。夕方になり、その日は天幕を張ってウトゥーとエンキドゥは同じベッドで寝ることになったのだが、入眠3秒と言ってもいいほど、エンキドゥはすぐに眠ってしまった。
「くそ…」
と、常は決して見せない悪態を口の中で噛み殺したウトゥーは、それでも何とかこの少女を篭絡しようと、眠るエンキドゥにゆっくりと顔を近づけた。息のかかる距離で、数瞬。
「……私の力不足、ですね」
はぁ、とため息をついたウトゥーは、そっとエンキドゥに毛布を掛けなおして、自分も眠ることにした。

――ところで、エンキドゥは単純ではあるが、野生生活歴も長くなってきたので「気配」には聡い。ウトゥーの顔が近づいたことは気づいていた。…が、寝たふりをしていた。今ここで目を開けてはいけない、となぜだか思ってそうした。何だかわからない初めての感情が胸の中心でぐるぐるとわだかまって、エンキドゥは珍しく寝不足で朝を迎えたのだった。

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